ほぼ100%中国依存「ペニシリン」国産化へ 約30年ぶりに製造再開
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001 2026/02/06(金) 23:18:20 ID:IF2ot3K2Nk
岐阜県北方町にある工場では、中国に依存している“ある薬”を作る研究・開発を進めています。
(Meiji Seikaファルマ 岐阜工場 宮下隆製造部長)
Q.ここは何の工場?
「ここはペニシリンを製造する工場です。約30年ぶりで去年12月にペニシリンの製造を開始したところ」
岐阜県北方町にある、Meiji Seika ファルマの工場。去年12月から、抗菌薬の原料「ペニシリン」の国産化を進めています。
もともとこの工場では、1971年からペニシリンを生産し、最盛期には海外に輸出する分も含め、年間1000トンほど生産していましたが、約30年前に操業を停止。理由は「コスト」でした。
(宮下製造部長)
「為替や中国との価格競争に負けて、94年以降はペニシリンを製造していなかった。しかし、他の抗菌薬の原料を作っていた」
「有事の際に供給できるよう稼働開始」
海外とのコスト競争に敗れ、抗菌薬の原料をほぼ100%中国などに依存するようになった日本。しかしその後、海外からの薬の供給が滞るトラブルが起きたため2022年、抗菌薬を経済安全保障上の「特定重要物資」に指定し、国産化に舵を切り直したのです。
https://news.livedoor.com/article/detail/30522580...
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002 2026/02/06(金) 23:36:03 ID:7tolfXlMd.
[YouTubeで再生]

日本の"発展途上国化"が止まらない…世界から「アフリカ並みに安い国」扱いされる"観光立国"の末路 「訪日外国人からの収入は、もう限界に来ている」と専門家は警告
1980年代、日本の好景気(最後はバブル崩壊に終わったが)に対し、米国経済は停滞気味だった。しかし、その後、IT革命の波に乗ったGAFAMなどの新興テック企業が古いタイプの大企業を軽々と追い越していった。日本では、この間、かつての電機や自動車に取って代わるような巨大産業は生まれなかった。従って、大量の輸出で日本に外貨をもたらす力が衰えてきた。自動車会社も電機メーカーも米国や欧州などの消費国に多くの生産拠点を移転しているが、外国で稼いだ外貨は現地で再投資することが多く、日本へはあまり還流しない。それも、貿易収支の悪化に拍車を掛けている。
日本経済の停滞は、10年前くらいまでは、「失われた20年」と呼ばれたが、今では「失われた30年」だ。このままでは、「失われた40年」になるかもしれない。戦後日本の経済発展を牽引したのは、明らかに製造業、すなわちもの作りだが、それに固執するあまり、インターネットのプラットフォームなどソフト産業の育成では、欧米や韓国などに比べ、完全に後手に回った。大企業の集まりである経団連は、製鉄や重化学工業、自動車などの製造業が中心で、政府に対する要望も、大手製造業の利害に絡むものが中心だ。
https://president.jp/articles/-/86976?page=...
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003 2026/02/06(金) 23:40:29 ID:wqorRWk2Fg
004 2026/02/06(金) 23:54:57 ID:7KWdQeWi42
005 2026/02/07(土) 00:09:59 ID:.sBAQsH3mo
戦後の日本におけるペニシリンは、
GHQの指導下で1946年から本格的に大量生産・普及が開始され、
多くの命を救う「夢の特効薬」として結核や感染症治療の基盤となった。
明治製菓などが生産を主導し、1950年代には供給が安定したが、
一方で競争による「ペニシリンショック」などの混乱も経験した。
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006 2026/02/07(土) 01:03:29 ID:DPta0U7IrI
物作りが一番儲かる
クルマ屋しかり、家電屋しかり
製造業の宿命は、買い手全てに商品が行きわり需要がなくなること
オランダやドイツは大昔にそれらを経験し
ドイツは製造業が特化し、オランダは視線を替えて今に至ってる
シナのように産業構造を逆手にとる国がある限り
産業や社会などに必要不可欠なものは最低限自国生産が欠かせないね
ケネーの重農主義は今に通じる ってね
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